春の日の記憶

「ときめく心も、君へのドキドキも、全部準備できました。」

青春

 

 

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ゴルチャがカムバした。

なんか、嬉しいんだか悲しいだか、切ないんだか、本当いろんな気持ちにさせられる曲。ふしぎな曲。明るいのに雨が降ってて、太陽はカンカンに出てるのに地面は濡れてる、そんな天気みたいな曲。

 

ニスたちがあんなにも望んでた清涼は、「青春」という形ででよるちと共に戻ってきた。すごく嬉しかったし、曲もいいし、コンセプトも素敵だし、最高なのに、見終わった後、なんかすごく切なくなって、空っぽになっちゃう。でも聞いちゃう。

MVの中で駆け回る皆があまりにも眩しくて、わいひょんがいたら、もう何も望まないくらい完璧なのになぁとか、寂しくなったり。ジボムの演技になぜか笑いそうになっちゃったり(ごめん)…

あと、タイトル曲は勿論なんだけど、収録曲もあまりにも良すぎて。Blind Loveは、ちょこちょこ聞きなれたタイトル曲の題名があったり、何よりラッパー二人の歌声が聞けるのがすごく貴重で、チャンジュンが優しそうに歌うからこっちもなんか泣けてきちゃうし。

 

個人的に、やっぱり三曲ずっと通して聞いて、Dearで言葉にできないくらい思いが溢れそうになってくる。言葉にしたくないけど、いつか、遠くない未来にやってくる別れか、未来への選択か、まだ分からないし、本人たちも言葉にしてないかもしれないし。

でも、テグさんはきっと、その遠くない未来を見据えて書いたんだろうなぁと思うし、Dearのその先が、ニスたちであっても、それともメンバーたちであっても、なんか、もう皆、幸せでいてねって思っちゃう。

 

 

大学生活中盤、私の日常にはずーっとゴルチャがいた。去年秋くらいに就活がいよいよってなって、なんとなく、ゴルチャが日常から少しずつ、離れていった。

その間にほんっとに色んなことがあったよ。大好きだった人が星になったり、自分の将来が決まったり、大好きな人たちが新しく再スタートを切って日本に来てくれたり。新しい環境に飛び込んでみたり、続けてたアルバイト辞めてみたり、バタバタしてたけど昔の友だちにも少しずつ会ってみたり。

相変わらず私の日常にアイドルはいるんだけど、それでも「自分」に関することも多くなってきて、その中でコンサート行ったりペンミ行ったりして、なんだかんだバランスよく生活できていると思う。

 

将来のこと、就活はありつつも、私だってまだぼんやりしている。でも、就活をする前よりは、ドラマで見るあれこれについてもっと考えるようになったし、どんな未来になるだろうかと想像することも多い。ゴルチャのみんなも、もしかしたらそんな時期なんだろうかなんてぼんやり考えている。

10人で走ってきて、少しずつ皆、個人で色んなところで一人で頑張って……久しぶりに皆で集まれば、それは幸せだよね。私もそうだった。久しぶりにあった高校の部活のやつらとなんだか離れがたくて、ちょっと泣きそうだったもん。

 

 

思い出した時に幸せだと思うなら、それは幸せだったってことだって、何かの本で読んだのか、ドラマなのか映画なのか、はっきりしてなくて勝手に自分の言葉みたいにしちゃってるんだけど。

 

就活が始まる、ちょっと前が見えなくて気が重かったあの時期に、ゴルチャがいてくれて本当によかったと思う、日常生活がゴルチャ一色だったあの頃は、すごく幸せだったと、心から思う。

 

振り返ればあの時もその時も、幸せだったのかなぁとか、ちょっと思う。

でも、私はこの先も、ずっと幸せになりたいなぁと思いながら生きるだろうし、今もそう思ってる。よくばりかもしれないけど、たぶんそうやって生きていくと思う。

 

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紅白2023所感 2024年抱負

 

 

2023年の瀬、紅白を見ていた。

私的にはすごくいい紅白だったなと、すごく楽しく、一視聴者として見ていた。

 

やっぱりかつてセブチを好きだった身としては、舞花で紅白初出場っていうのが本当に素敵で、かっこよくて綺麗で。よかったね~~と母と拍手していた(バーノンちゃんのけん玉は別の意味でかなりハラハラしたけど(笑))。


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特に後半はすごいよかったなと思ってる。

個人的には久々にエレカシを見れたこと。色々暴れてたけど、エレカシのまっすぐで実直で、遠回りしない歌詞はいつ聞いても爽やかだなって。『俺たちの明日』が少しずつ沁みてきちゃうたり、真の大人へ近づいている感じがして切なく、感慨深い。


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あとはキャンディーズの蘭ちゃん。本当に素敵!の一言だった。特別キャンディーズのオタクではないので背景とかは全く知らないんだけども、両親が隣で解説してくれて(笑)

残りのお二人の気持ちとか、二人のファンの心情とか…本当に色々背負っての「伊藤蘭ちゃん」なんだなと思うと、一生懸命に声援を送るファンのおじさまたちにも泣けてくるし。どのアイドルオタクも、ああやって推しと年取っていきたいよな~~とか思って、自分の姿を重ねて、推しとの未来を考えたんじゃないかな。私もえくそちゃんたちとああやって年とっていきたいよ~~~になった。本当に素敵でした。


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あと寺尾聰、渋すぎ。良い。隣で父が、『ルビーの指輪』の凄さを熱弁し、「負け無しだった具志堅用高が負けた時にこの曲が流行ってたんだよ。全然関係ないけどこの歌聞くと、具志堅が負けたの思い出すんだよね。今あんな感じのおじさんだけど」と言っていて、これこそ歌が時代と生きた証なんだろうなと思った。


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クイーンの登場で騒いだ母は、例年通りファンとわちゃわちゃしてたさだのおじさんの『秋桜』の時、隣で「これダメなんだよ~」とぐすぐす泣いてました。そうだよね、私もおばあちゃん思い出しちゃうもん。

 

完全にかつての「懐メロとしての演歌」の枠が、「昭和歌謡」に移行した瞬間に立ち会った気がして、面白いな~と思った。

 

 

あとはやっぱり、アイドルオタクとしてはYOASOBIの『アイドル』がね……。あの…なんか普通に泣きましたね…。


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「推しの子」はアニメ一話見つつ、漫画もちょろちょろ見つつ…って感じで、まぁ日韓推しているアイドルも違うし、特性も違うので、私が考える「アイドル」像とはまたちょっと違うかな~なんて思ってたんですけど。

 

「アイドル」という枠で活動する分には、あのコラボでステージに立った人たちは変わらず皆「アイドル」の肩書を背負って活動してるわけで。

ファンや世間から求められるものも、本人たちの進む道もそれぞれ勿論違うだろうけど、そんなアイドルたちが同じ歌で同じダンスを踊ってステージに立ったって、本当に紅白じゃないと実現しないものだっただろうし、企画して実現させたNHK、すげぇ~~って感じでした。

この人たちは誰かにとっての「一番星」なんだなと思うと、アイドル、本当にみんなすごい。

 

あとYOASOBIとAdoの歌唱力のすごさ(?)に家族で「この人たちはどんな訓練を受けたらこんな歌い方ができるのか」「ボーカルとラッパーを一人でやってる」と話題になりました。この曲を歌いこなせるikuraちゃんまじすごい。

 

 

トリのMISIA、もう紅白恒例でいいよね~でした。ギボムス見てた父は隣で泣いてた。

少し話は逸れてしまうけど、私はなんか、すごくしんみりと、色々考えながら聞くことになったな。


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紅白見てると、年の瀬ってこともあってその年を振り返ることになるんですけど、やっぱり2023年、私個人にとって一番大きくて悲しくてつらかった出来事は、ムンビンが遠くに行ってしまったことだったので。『アイノカタチ』を聞いてると、無性に泣けてきちゃって。やっぱりまだ悲しくて、受け入れきれてないんだなと痛感しました。

 

寺尾聡と黒柳徹子が再会をすごく喜んでいたり、YOSHIKIやさだのおじさんが逝ってしまった友人や同僚を悼んだ時、ふとムンビンの笑顔が浮かんで、あぁそうだなぁ、そんな一年だなぁと思い出して。それでも私達も、テレビの中の子の人たちも、今を生きて行かなければならないんだよなと感じさせられました。

 

ムンビンとの向き合い方というか、自分の感情との向き合い方は分かったというか、少しずつ慣れてきている面はある一方で、ふとそうした寂しさの感情が顔を出した時に、あ~~~って、悲しくなってしまうことはあって…

でも、もうそれも、そうだねって受け入れていくしかないんだと思う。

当初のブログを読み返すと、ムンビンへの少しの怒りを覚えていた自分がいて、でも、そうした負の感情はもう、ないと思う。

 

ずっと ずっと 大好きだよ
あなたが心の中で 広がってくたび
愛が 溢れ 涙こぼれるんだ
星の数ほどの中 ただ一人のあなたが 心にいるんだ
あのね あのね ずっと 大好きだよ
大好きだよ ああ ありがとう

 

この感情が、本当に、今の私がムンビンに向けて言えることばだなって。

どこかでこの歌を聞いてムンビンを恋しくなっているかつてのファンがいるということが、少しでも伝わっていればいいなと思うし、もし知らなくても、いつかムンビンと夢で逢えたりして、伝えればいいなと思う。

 


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あとはあいみょんの「愛の花」も、大好きな遠くに行ってしまった人にとって、伝えたいことばがたくさん詰まっている曲だなと思って、とても素敵な歌だなと思う。


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毎日こんなことを考えていきているかと言われれば、そうでもなく。

しっかりと自分のやるべきことこなして、好きなこと見て、食べて、遊んで、そうやって生きているけど、たまにこう考える機会が出来ちゃうと、ずっと考えてしまうので。

そういう時のブログなんだと思っている。自分のため込んだ言葉や感情を描き留めておく場所。

 

 

 


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ムンビン、もうすぐ誕生日だね。

どこにいても、もう何も考えず、のんびりと好きなことだけしていてくれるといいな。

 

春になれば、

君のことが大好きだった高校生の少女は、私は、もうすぐ大人になるよ。

自分でお金を稼いで、自分の足で社会を生きていく、そんな年になるよ。

あと3年も経てば、君が生きた年を越していく。

 

それでも、私の大切なあの時代と、そこに輝いていた君がいたことは変わらないし、忘れないと思う。

もし忘れそうになっていたなら、大きな月になって、たんぽぽになって、一番星になって、そうやって、夢の中に現れてほしい。

私だけじゃなく、君のことが大好きな人たちのところに。

そうやってこれからも、君と一緒に年を取っていけたら、いいよね。

 

 

 

2024年、新しいスタートが始まる年。

今だいすきな人たちと一緒に、自分の人生をしっかりと生きて行けますように。

そして、空を見れば大好きなムンビンがいつでも笑っていて、そうやって、頑張るぞ!って、気合いれながら、頑張れますように。

 

 

自己肯定感

 

 

なんとなく、書いておかないと忘れてしまいそうだからここに残す。いつもそうだけど。

 

最近、友達と揉め事というか、喧嘩をして。そのまま別れた。あれから2週間くらいたつけど、私からは連絡してないし、あの子から連絡はない。

詳細は省くとして、話していて埒が明かなかった。元々自己肯定感が低いというか、なんでそんな寂しいこと言うの~っていう子だったけど、大事な友達だから、その都度そうやって笑いながら突っ込んで、過ごして。頻繁に連絡を取っていたわけではないけど(あっちの返信がだいぶ遅いのもあったけど)、きっとこの先の人生で何か節目があるたびに連絡するだろうなって、当たり前に思っていた。大人になって、おばさんになって、あの時さ~って、思い返してくだらない話するんだろうなって。

 

友達とあんな口論になったの初めてすぎて、22歳になって、まさかすぎたけど。でも皮肉だったのは、そうやって喧嘩して私が家を飛び出しても、たとえ朝の3時でも「ウチ来ていいよ!」って言ってくれる他の友だちがいたことだ。次の日には飲みながら私が泣いても笑って慰めて話聞いてくれて、笑わせてくれる友達がいることだ。

あの子にはいるのだろうか。私が高校時代最後の友だちだと言っていたあの子には。

 

私も、彼女にとってそんな人でありたかった。でも、私がこれ以上彼女にやってあげらえれることがあったかと言われると、正直もうないと思った。

怒りがだいぶ収まってから、浮き出て来たのはなぜか虚しさと少しの罪悪感だった。あそこまで冷たくすることなかったのかもしれないけど、ああいう発言を私が身をもって受け止めるのは、あれ以上は苦痛だった。あれ以上に行くと、私がつらい。

 

 

小さい頃は、私は自己肯定感が低い子だと思ってた。可愛くないし、勉強は多少できるけど、運動もそんな出来ないし、って。わりと人よりそこに気づいたのは早かったような気がする。

そうやって思春期を過ごして、高校生になって、色んな友達が出来て、だいぶ変わった。いい子でいる必要ってないんだなって。そして大学生になって、自分だけを考えることができる生活が続いて、自分を大事にすることができるようになった。

私は私が一番大事、色んなドラマや映画を通してそういう感情を学んで、知って、色んなアイドルや歌手が、時に自己愛について語るツイートをいいねできるようになった。

 

そうやって、20年間かけて、私は私を好きでいれるようになった。

恋愛的な意味で、他人が私を好きになるかどうかは正直今でも分からないけど、私が私を大事にできるように、私を大事にしてくれる友達を、私は大事にしたいと思えるようになった。

今回、彼女を見ていて思ったのは、もし私がそれが出来なかったら、彼女みたいな姿になって、他の人からそう見えていたのだろうかということだ。

むなしかった。怖いと感じた。

 

そうやって人と比較して、自分を高めているのもなかなかひどいとは思うんだけど、それでも、怒りが収まって、そう思ってしまった。

自意識過剰であることと、自己愛が強いことは別物なんだなって。

 

 

まだこうやって文字に起こしてみると、思考がかなりごちゃごちゃして、混乱しているんだと思う。でも、ただ唯一、心に決めたことは、そうやって私を迎えてくれる友達を、隣で話を聞いてくれる友達を一生大切にしたいということだった。

そこにいたはずの彼女が、また戻ってくるのか、もう二度と帰ってこないのかは分からないけど。

私は私を大事にしてくれる友達を大事にしたい。大事にしてくれた分、その分返したい。それでいいんだと思う。

こういう結果になって、たとえ最後にむなしくなっても、それが自分を大切にして生きる選択肢の一つだと思うしかない。私はやっぱり、私がいちばん大事だから。

 

 

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なんだか傷ついた時、どうしてか気分が落ち込んでしまう時、尾崎聞けばふわっと心が軽くなる。正しいものがわからなくても、街並みの中で、そうやって許しながら生きていくことは悪いことじゃないよね。

 

 

ムンビンへ 2023年夏

 

ちょっと、というかだいぶ時間が経って、ある日突然流れてきた「Candy Sugar Pop」を聴きながら自然と笑ってる自分がいた。

流れてきたチッケムのショート動画にいいねを押すと、頭のいいAIが勝手に動画を流してくれる。

気がついたらたくさん流れてきた動画を見て、普通に見れている自分に驚いた時に、同時にぶわーっと涙が出てきた。

 

そうだなぁ、わたしこの人のことが、このアイドルのことが本当に好きだったんだなぁと思った。

この場合の過去形は特に意味があるわけではない。今好きなたくさんのアイドルたちと、ムンビンと、優劣がつけられるかといったらそうではないから。

ただ、本当に。心の底から穏やかで幸せな気持ちになれたことが嬉しかった。

あの時たくさんたくさん追いかけた歌とダンスと、ムンビンの優しい笑顔を思い出して、あの時の楽しくて最高!と思った気持ち。そこに付随するモヤモヤした気持ちが、一緒に出てこなかった。幸せだと思った。やっぱり、ムンビンというアイドルに出会えたことが、私にとってとても幸せなことだと気付かされた。

 

ここまで来るのに少し時間がかかってしまった。連日暑い中で、夜バイトの帰り道に少しだけ秋の風を感じた時、春がまた遠ざかって、秋が来るようで寂しいなと感じてしまった。

でも、それでも夜に大きな月は浮かぶし、秋が終われば冬が来て、そしてまた春が来る。

 

春になれば新しい生活が始まって、社会人になる。もしかしたら私は、道端に咲くたんぽぽを見て、ふわふわと空中を舞う綿毛を見て、また悲しくなって、やるせなくなって、少しの怒りと後悔を感じるのかも。

恋しがりたくなんてない、と悔しくなって、そして、どうしようもなく悲しくなってしまうのかもしれない。いつかムンビンよりも大人になって、歳をとって、画面の中のムンビンはずっと若いままで、寂しくなるんだろう。

 

でも、それでいいのだと思う。そんな完成しない、完成することのないだろう感情を持ちながら、ずっと生きていきたいと思うし、何も感じなくなることで、ムンビンを忘れてしまうのではないかと怖くなるから。

 

この先、いつまでアイドルが好きかなんてわからない。もしかしたらずっと好きかもしれないし、ある日ぱたっと辞めてしまうかもしれないし。

分からない。

でもただ、私がムンビンのことが好きでたまらなかったあの時間と私の感情は、私だけのものなんだと、それだけは忘れたく無いと思った。

 

私の胸の中で、アロハたちの胸の中で、大事に大事にそれぞれの想いを抱えることだけは、どうか許してほしいと思う。誰かの青春で、私の青春だったムンビンを、あの時間とこの感情だけでも、縋るように、離さないようにしたい。

 

 

また、秋になれば、冬になれば、季節が春に近づけば、すごく我儘なことなのは分かっていても、もしかしたら、どうして置いていくのか、なんで先に行ってしまったのか、少しの怒りを持ってしまうのではないかと感じて怖くなる。

 

でも、そうやってジェットコースターみたいな感情になりながら、でも私はたぶん、まだこの世界で生活していくのだと思う。

 

私はきっと、幸せになりたいなぁと思いながら、毎日を生きて、それでいつか、またムンビンに会うことができたら、アロハ1人ずつ優しく握手でもしてほしいなと思う。そんなことしなくても、もしかしたらその辺をふわふわとお散歩でもして、楽しく穏やかに過ごしているのかな、わかんないけど。

 

大好きなKnockを、もうきっと一生聴けないだろうと思ってた。でも、また聞くことができた。まだまだ暑い夏の終わり、そんな些細なことが涙が出るくらいに嬉しかった。

 

だから、ムンビンが歌った歌の歌詞ひとつひとつと、そのダンスの力強さと美しさと、あの誰よりも優しく暖かい笑顔を、もう一度、ゆっくりでいいから、取り戻していきたい。今年の秋の目標かな。

 

好きだった。

過去形だけど、それは過去のことじゃなくて、全て繋がってるんだと思う。言葉の種類としては「過去」なだけであって。

好きだったこと、好きなこと、好きになるだろうこと、全部全部大事にして、幸せになりたいよ。

その中の大切な1人であるムンビンを、私の青春を、これからも大切にしていけますように。

2023年秋、今はそんな思いでムンビンを考えている。これから秋になれば寒くなっていくだろうから、どうか暖かくして、ご飯もたくさん食べて、穏やかに過ごしていればいいなぁと思う。

ムンビン、私も私で、幸せになるためにもう少しだけ頑張ってみるよと、そんなファンも1人いることが、どうか伝わっていればいいなと思う。

 

 

f:id:ragi__hi:20230902031757j:image

 

https://youtube.com/shorts/DEbZgTgU7t8?si=LYWolMFSrSSE-t2Y

 

https://youtu.be/F4EOO-zaHyA?si=Hp3ftgucTHgI00ta

ムンビンへ

 

 

ゆっくりと、アストロが好きでたまらなかった、高校生のあの頃を思い出す。

帰り道に流していたRunも、受験の時に聞いて泣いたワンミリも、何度も何度も見たBabyも全部、大好きだったKnockも。

本当に大好きだった記憶ばかり蘇ってきて、私にとってアストロは、事務所に対して抱えた不満も多かったけれど、思い返してみると、そんなことも小さな埃程度だったような、大きな幸せで、大きな大きな、言葉にできないような、大好きな、そんな存在だったのだと思う。

 

数日たって、普通に暮らしている。暮らそうと努力をしている。

でもふと、本当にふとした瞬間に、心が真っ暗になってしまう。電車を待っている時、信号待ちをしている時、洗濯ものを干している時、ムンビンは本当に幸せだったのだろうか考えてしまう。

 

まだ、実感がわいていないのだと思う。整理もついていない。

あの時みたいに、器に山盛りのご飯をよそって、元気ですよって顔を出してくれるのではないかと思ってしまう。いつもみたいにニコニコ笑って、穏やかに。

 

わからないけど、わからないままに文章を書いているから、読み返してもわからないと思うけど、一人だとどうしても押しつぶされる。

むんびんが幸せだったのか、今幸せなのか、置いていくなんてずるいと思う自分が愚かで情けなく、申し訳なく、どんな言葉を選んでも彼を否定してしまうような気がして、SNSには書き込めなかった。

 

ムンビンが最後に残したタンポポの綿毛を、私がこれから、ムンビンのいない世界で生きていくにはあまりにも身近すぎるものだった。

春が来たら、たんぽぽの綿毛が道端に咲いていたら、ムンビンのような穏やかな風が吹いたら、夜空に綺麗な月が、星が輝いていたら、私はきっとムンビンを思い出してしまって、悲しくなって恋しくなるのに。

 

そうやって頑張って日常を過ごしているうちに、気持ちが整理されて、落ち着いて、大人になって、ムンビンを忘れてしまうことが一番怖い。

忘れたくない、恋しがりたくなんてない、ただ大人になるこの先の人生に、どんな立場であっても、どんな関係性であっても、ムンビンがいてほしかった。

望むものは、ただそれだけだった。

 

 

fromis_9としてのチャンギュリさんへ

 

「ときめく心も、君へのドキドキも、全部準備できました。」

 

7月末、朝起きると世界が変わっていた。

夏休みの初め、のんびりと10時くらいまで寝ていた私は、ぼーっとTwitterを見ながらその情報を見た。理解できなかった。字は読めるけど、内容が理解できなかった。

 

 

 

fromis9.jp

 

本当に、理解できなくて。正直今でも理解しているというわけではないけど。一か月経って、ようやく振り返る気になれたというか…気持ちが落ち着いた、というのかな。だからこうして書いてみようと思った。

 

 

 

 

youtu.be

 

もう4年も経つんだって。本当早いよね。

 

私が初めて足を踏み入れたKPOPだった、『PRODUCE48』。当時推しだった、NMB48の柊ちゃん既に卒業してしまっていたけど、みるるんや他にも知ってるメンバーが出ると聞いてすごく軽い気持ちで見始めた。

そこで出会ったのがギュリさんだった。

 

初めて見るオーディション番組。最初の事務所別の評価で、慣れない同時翻訳の字幕を見ながら、惹かれたのもギュリさんだった。あの時はチューインガムやってて。でも、初めて外国人のアイドルを見る私は、まず名前と顔が一致しなくて、この人すごく可愛いなってすごく軽い気持ちで見ていた。

その後、ピカブのギュリさんを見て、好きになった。エムネの悪編はあったけど、あんなに可愛い曲を踊ってた人が、こんなにカッコよくなれるんだって、胸がすごくどきどきした。一目惚れみたいなものだと思う、ううん、一目惚れだった。

 

 

プデュに出ている間、ギュリさんはきっとかなり辛かったと思う。これはオタクの推測に過ぎないけど。それでも、それだとしても、ギュリさんがプデュに出ていなかったら、私はギュリさんにもfromis_9にも出会えなかった。だから、出てくれてありがとうって伝えたい。

 

 

それからプロミを応援するようになって、プデュが終わって、私にとって初めての9人のカムバを迎えた。すごく幸せだった。朝起きて、学校に行く準備をしながら見て、通学路で聞いて、学校でも家でも、ずっと。

 

DKDKが一番好きで、カムバ当時はギュリさんがいなかったけど、9人バージョンのDKDKを見た時は本当に嬉しかったな。

To Heartに収録されてるThe Way To Meなんて、本当に大好きでこのブログの一文に使ったくらいだし。

本当に、いろんな言葉を使っても足りないくらいに、あの日、私のイヤホンからはずっとプロミの音楽が流れていた。

そうやって私の青春に、プロミがずっと、隣で、笑っていてくれていた。

 

 

勿論、1年間カムバができない時期には正直不満があったよ。でも、いろんな経緯を含めて、ファンがカムバしろって言える状態じゃなかったと思ったから、ただひたすら待った。本人たちもきっと、終わりのないトンネルみたいに感じたと思う。

 

その中でもギュリさんは少しずつドラマに出たりしていて、私は嬉しかった。やりたいことをやれるなら好きなだけやってほしいと思ったし、アイドルでは見られないギュリさんの一面が見れるのも嬉しいことだった。空白期の中で少しでも姿を見れたから。

 

そうやって空白期を耐えながら、少しずつ活動が増えていって、どこか既定路線だったような移籍も決まって。こうやってプロミが大きくなっていくのを、私も一緒に歩んでいくと思ってた。

 

 

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正直に言うと、DM、STWが正直私はあんまり刺さらなかった。これは個人の勝手な好き嫌いでもあると思うから、誰が悪いとかではなくて。だから、ゆる~と追えばいいかなと思ってたんだ。

 

だから、今振り返ると、私にとっては『WE GO』が、最後だったんだと思う。

私がflavorとして、最後に終えたカムバック。

 

 

本当に幸せだった。

ギュリさんに出会って、プロミに出会えて、私にとってGlass shoesも、To Heartも、DKDKも、勿論WE GOも。全部全部、数えきれないほどの青春だった。

 

 

ただ、いろんな意見がある中で、私が最後に、私の意見として言いたいことは、本当にこの終わり方でよかったのだろうかということ。終わったことはもうどうしようもないから、面倒くさいオタクの我儘に聞こえるだろうけど、結局、私は日本に住む学生のファンとして、一度もアイドルのギュリさんに会えずに、こうしてプロミから離れることになった。もし、コロナのせいで会えなかったとしても、もし最後だと分かっていたら、もっともっと違う形で、違う涙を流しながら、少しでも多くの人が笑ってお別れできたんじゃないかと思う。ギュリさんがチームを離れることが嫌なのではない。ギュリさんがそれが最善だと選んだ道なら、私もそれに着いていく。応援する。きっとそういう人は多かったと思うよ。

 

【fromis_9】一年が経った夏が来る。 - 春の日の記憶

2年前、移籍前に書いた文章…。事務所が100%事務所が悪い、プレディスのせいだと騒ぎたいわけではなくて…という戒めも込めて。

 

 

***

 

もし何かの縁でこの文章を読んでくれた方がいて、もしコイツ何言ってんだ?と思っても、目を瞑ってくれると嬉しいです。正直、前向きな気持ちで終わりを告げられた状況じゃなかったから、しばらくはプロミも見れないと思うし、プロミに関しては暗い気持ちのまま見るのだと思う。

でも、いつか何年か経った時、「あの時はすごく泣いたよね」とか言えるようになればいいなと、思います。振り返った時に幸せだったと思えたら、それが「幸せだった」と思うから。

 

締めがモヤモヤした文章で終わってしまうのは悲しいので…ウィバスに残したギュリさんへのメッセージを残そうと思う。時間があまりにも無くて、ほぼ翻訳機に頼った言葉たちだけど、最後に、ギュリさんのプロミとしての生活が終わる前に、書けて良かった。

 

 

ギュリさん

 

アイドルになってくれてありがとう。

これからも私たち、花道だけ歩いていこうね。幸せになろうね。大好きだよ。

 

 

 

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사랑하는 규리언니

 

언니 나 오늘 하루 종일 계속 눈물이 멈추지 않았다. 이걸 쓰면서 또 울고 있어 잠시 쭉 울어버린다고 생각합니다…

하지만 언니를 만나서 첫눈에 좋아져서... 그런 오랜 세월을 되돌아보면 기다리는 것조차 사랑이었다고 생각할 수 있고 이렇게 언니가 fromis_9부터 떠나게 되어도 나는 계속 언니를 정말 좋아하는 것 같아요. 나 행복했어요 정말 진심으로!!!!! 언니도 같은 기분이려나? 만약 같은 기분이라면 팬으로서 이만큼 기쁜 마음은 없고, 정말 행복해.

 

“설레는 마음도 그댈 향한 떨림도 모두 준비됐어요. 한눈에 너를 알아볼 거예요” 기억해?  나 이 한마디에 몇 번이나 설레었어. 가수가되어 주셔서 고마워요.언니, 나 몇 번이나 그때로 돌아갈 수 있다고 해도 몇 번이고 언니를 사랑해서 설레고 찾을 거야 지금까지도 그랬던 것처럼 앞으로도 그렇게 하도록…


언니 나는 언니를 정말 좋아해요 사랑해요..사랑한다는 거고 할 수 없지만 그래도 언니의 등을 밀 수 있는 사람이 되고 싶어여. 내가 지금까지 언니에게 무대에서 설렘을 받아 힘을 낼 수 있었던 것처럼! 언니는 그냥 계속 언니라고 부르고 싶어요,지금은. 언니 우리 앞으로도 행복한 꽃길만 걸어가자 언니가 걸어가는 모든 길에 우리가 예쁜 꽃을 피울 거야. 우리 행복하자,언니.

 

당분간은 눈물이 멈추지 않을지도 모르지만 뒤돌아봤을 때 이 눈물이 씨앗이 되어 꽃길이 되도록.언니 오늘도 고마워 앞으로도 사랑합니다.다시 한 번이나 말할게 우리 행복하자.

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幸せ

 

 

このブログでは、ゴルチャことGoldenChildにハマったという文章は書いてないんだけど。推しのジュチャンからこんなメッセージが届いた。

 

「오랜만에 작년에 쓴 일기를 봤는데 슬프네 그때도 행복을 찾고싶어했네」

 

ポドルの訳をそのまま載せると、「久しぶりに去年書いた日記を見たけど悲しいね。その時も幸せを探したがってた。」

 

このメッセージが来た瞬間、私はこの人がすごく好きだなぁと思った。こんな感性を言葉にして、人に伝えることができるの羨ましいなとも。

 

ある人は、もしかしたらこの一文だけ見ると「なんか元気ないのかな?」なんて思うかもしれない。悲しいって言ってるし。

でも、私は「幸せを探したがってる」、つまり「幸せを探したい」た思うその気持ちを悲しいと言えることが好きだ。

 

幸せを探すということは、まだ幸せじゃないということかもしれない。でも、今自分の人生が幸せじゃないかと言われたらそうではないと思う。

やりたいこと勉強できて、好きな歌手の歌を聞けて、少しずつ物騒になる世界で、戦争のない国で、食べることも着るものも困らずに過ごしている。私のことを大切にしてくれる親も、仲良くしてくれる友達もいる。悩みといったら自分の将来のことくらい。そこに不幸は存在していないと思う。

 

それでも、私は今よりもずっと幸せになりたいと思っている気がする。いや、思ってる。

 

すごくすごく不幸なわけではないけど、少しだけモヤモヤする世界で、どうやったら幸せになれるんだろうなぁ、幸せになりたいなぁと毎日生きている。

 

それが、ジュチャンのいう「幸せを探したがってる」なのかな。私もすごく悲しいことだなと思う。実際このブログを読み返してみると、自分の悲しさにかなり向き合って正直に書いてると思う。

 

でも悲しいことが、自分の気持ちをダメにさせるかといったらそうではないんだよね。悲しいという気持ちを胸の片隅に抱えながら、それでも幸せを探しに行ってるんだと思う、無意識に。

それが時に無理矢理だとしても、時にゆっくりだとしても、悲しくても。

 

昨日よりは今日幸せでありたくて、今日よりは明日もっと幸せでありたい。ブログを読み返した時、悲しいと思えることは、今の自分がその時の自分より少しでも、0.1センチでも幸せになれたということであればいいなと思う。ジュチャンにとってもそうであればいいな。

 

 

ところで、「幸せ」という単語で言うと、思い浮かべる文章がある。

 

ビキラ(BTOBのkiss the radio)で、DJであるミニョクさんがいつも締めのコメントでいう言葉。

 

오늘도 여러분 덕분에 행복했구요. 우리 내일도 행복해요

 

この言葉のもつ魔力というか、パワーっていうのがすごい偉大。もちろん毎日聞けてるわけではないけど、ミニョクさんと過ごす2時間がすごく幸せに感じるし、明日も幸せになれるかなっていつも希望を持たせてくれる素敵な締めのメントだと思う。

 

ミニョクさんがメロディに与えようとする、陽のパワーって、ソロ活動しててもひしひしと感じるし、アルバム全体を通してイミニョク、HUTAというアーティストを知れて応援できてる私ってそうとうラッキーな人間だな。

 

ミニョクさんにとって、幸せという言葉がみんなで一緒に「なる」もの。

 

 

 

 

https://twitter.com/chhong55/status/1501935515905703937?s=21&t=s8V3ms3pLaRXSURyD4Bzxg

 

3月、ジュチャンがビキラのスペシャルDJをした時の動画。

この時もジュチャンは「幸せ」について向き合ってる気がする。

 

행복이 뭔지 모르겠지만 내일도 같이 찾아봐요.

 

ジュチャンにとって、「幸せ」は何か分からないけど、一緒に探しに行くもの。

何かわからないけど探しにいこうと言ってくれる推しがいてよかったなと思う。私も幸せがなにか、どうなったら幸せになれるのか分からないし、答えもないかもしれないけど、それでも一緒に探していけたら、幸せだと思えるから。

なにか分からない幸せが、この人を好きでいることで形になって、私の心の中に存在してくれているということが何よりも幸せなのかもしれないね、実は。

 

 

 

 

 

 

そういえば、「この人生は初めてなので」というドラマで、ずっと覚えているセリフがあるんだけど、それが、

 

「言葉は人の口から生まれたが人の耳で死にゆく

だが一部の言葉は死なずに人の心まで届き生き残る」

 

だった。

好きな歌手たちが話す言葉が、こうやって二人の好きな人たちが、幸せについてそれぞれの目線から考えていること、それが少しだけ自分と重なったり、自分を励ましてくれたりしたこと。全部全部、忘れずに抱きしめながらいきたい。

 

最近ようやく映画をみる元気と体力が出てきて、色々見ているんだけど、今年は特に、言葉を大事にして過ごしたいな。

明日もなにか少しでも幸せになれることを願って、今日はゼリーでも食べて寝よう。

これもある意味、一つの幸せかな。

 

 

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P.S

ゴルチャもたくさんの幸せが集まったグループだと思うよ。だからニスたちも、同じくらい皆の幸せを願うことができるんだよ。

悪意があるんだかないんだか分からないけど、テグさんの目にはメンバーがこう見えてると思うと、それすら愛だなと思う、謎のマラカス(?)持ってるジュチャン似顔絵でさえも…(笑)